(080829)
朝日朝刊
60年代の夢
米大統領選・「演説」に連なるオバマ氏
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民主党全国大会の初日、会場となるデンバーの屋内スタジアムで、小柄なアフリカ系(黒人)政治家が、舞台を見つめていた。
あと数時間で、全米から数万人の参加者が集う。この壮大な政治集会の主役、オバマ上院議員も、まだ姿を見せていない。
「このときを、彼らと一緒に過ごしたかった。殴られ、撃たれ、殺された彼らと」ジョージア州選出のジョン・ルイス下院議員(68)の脳裏に浮かんでいたのは、共に公民権運動を戦った今は亡き仲間たちだった。「45年前とはまるで違う世界に見える」
1963年、20万人以上が参加して人種差別撤廃を訴えた「ワシントン大行進」で、23歳のルイス氏は演壇に登った。同じ舞台に立った故マーチン・ルーサー・キング牧師が語ったのは、世界史に残るあの名演説だった。
〈私には夢がある。かっての奴隷の子と奴隷所有者の子が、兄弟のように同じテーブルにつく夢が〉
ルイス氏も演説した。「目覚めよ、米国。私たちは待てない。我慢もしない」
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綿を摘んだ手
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「公民権運動が生んだ最も勇敢な人間の一人」といわれるルイス氏は40年、アラバナ州の小作人の子として生まれた。同州モンゴメリーのバス・ボイコット運動を指導したキング牧師の演説をラジオで聞き、公民権運動に身を投じる決心をする。
61年には、バスの人種隔離座席を撤廃させるための「フリーダム・ライド」運動の第1陣に参加した。白人専用席に座っただけで何度も暴行を受け、乗ったバスは放火された。オバマ氏が生まれたのは、この年だった。
60年代後半、ルイス氏は黒人参政運動の指導者となる。南部の州では、黒人たちは有権者として登録することを恐れていた。彼は約2万枚のポスターを作製し、理髪店や学校、教会に配布した。
「綿を摘んだ手が今、公職者を選ぶことができる」。片手で綿花を摘み、もう片方の手で投票用紙を箱に入れようとしている男性の絵柄のポスターには、そんな標語が書かれていた。この活動の結果、400万人以上の黒人が有権者登録をし、米国の政治状況を大きく変えたとされる。
「60年代に綿を摘んだ手が今や、次期大統領を選ぶことができる。ほんの一昔前まで、黒人は有権者登録をしただけで身の危険を感じていたというのに」
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(080830)
朝日朝刊
天声人語
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感激も演技もてんてこ盛りの、いい笑顔だった。最初の黒人奴隷が北米に運ばれて4世紀、同じアフリカ系の血を引く政治家が、とうとう米国の頂に手をかけた。民主党が大統領候補に指名したオバマ氏。激しい予備選が技に磨きをかけたのだろう。受託演説に、無用の高ぶりは見られなかった。
「変化はワシントンからは来ない。ワシントンに向けて起こる」「後戻りはできない。未来へ行進しよう」と全米に訴えた。45年前のワシントン大行進で、黒人解放の父、キング牧師が「私には夢がある」と語りかけた、まさに同じ日だった。
牧師は、暗殺される前年の著書「黒人の進む道」(猿谷要訳)で、「確信と信頼に基づいて」「熱狂的声援をおくれる」黒人政治家を渇望した。そして「その人は白人の政治的な会議のなかでもーーー尊敬をもって扱われるであろう。」と見通した。
オバマ氏は牧師が思い描いた「奴隷の子孫」ではない。父はケニアからの留学生、母は白人。ハーバード出のエリートでもある。「分類」の難しい来歴は、強みにも弱みにもなろう。
党大会の直前、氏の暗殺を企てたとして白人3人が捕まり、ライフルや弾が押収された。キング牧師の夢が現実に近づくほど、時代を逆に回す力も強まりかねない。米国史をかけた挑戦なのだと実感する。
あらゆる障壁、妨害を乗り越え、褐色の手で頂を引き寄せるのか。スタジアムを埋めた8万の歓喜に肌の色の別はない。人種の壁をめぐる長い長い絶望と夢の果て、「異色」を背負う47歳が、最後のコーナーを抜けた。
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(080830)
朝日朝刊・社説
オバマ候補/「夢」の次に語るべきは
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「私には夢がある」。米国の公民権運動指導者マーティン・ルーサー・キング牧師がこう演説したのは、45年前の8月28日だった。「子供たちが肌の色ではなく、人格で評価される国に住める日がいつかくる」と、将来への期待を語った。
そのとき2歳だったバラク・オバマ氏が、民主党の大統領候補に指名された。2大政党で初のアフリカ系の候補だ。8万人の支持者を前に熱っぽく受諾演説をする姿に、キング牧師の描いた「夢」を重ね合わせた人も多かっただろう。
白人で、アングロサクソン系で、プロテスタント。かって、米国政治の主流は「WASP]と言われた。そんな伝統に終止符をうつかのようなオバマ氏の指名獲得である。
この原動力となったのは、米国政治の変化を望む国民の思いと、オバマ氏を支持することで人種対立の歴史を乗り越えたいという人々の願いであったに違いない。
米国の人口推計によると、現在、人口の過半数を占める白人は、ヒスパニックや黒人、アジア系の増加で、2042年までに5割を切る。米国社会の構成は、ますます多様になっていくということだ。
保守のブッシュ政権でも、パウエル、ライス両国務長官をはじめ、要職にマイノリティーを起用するのは珍しいことではなくなった。共和党のマケイン候補も、バングラデシュから養女を迎えている。
もちろん人種差別は、米社会に根強く残っている。ただ、その壁を乗り越える人は確実に増えている。その努力を評価し、多様性を是とする風潮も広まっている。アフリカ系を大統領候補にまで押し上げ、受け入れる米社会の活力と懐の深さは素晴らしい。
最近の世論調査では、オバマ氏の支持率は伸び悩み気味だ。ロシアのグルジア侵攻などの国際的な大事件や、経済の低迷が長引くなかで、マケイン陣営から浴びせられる「経験不足」という批判が、効き始めているのかもしれない。
人々の「米国の夢」への思いを鼓舞できたとしても、それだけで米国を率いる指導者が務まるわけではない。
指名受諾の演説で、オバマ氏は米経済の立て直しを語り、勤労世帯への手厚い配慮を打ち出した。「イラク戦争を責任ある形で終結させ、アフガニスタンでのアルカイダとタリバーンとの戦いを終わらせる」とも宣言した。
では、どうやってそれを実現するのか。近く共和党大会で指名を受けるマケイン氏は、そこを攻めようと手ぐすねを引いている。それに耐え、米国民の抱える不安に応えられるのか。
大統領候補としてのオバマ氏が、厳しく吟味されていくのはこれからだ。
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