2009年3月28日土曜日

民主党の小沢はん、早く辞めなはれ

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(民主党議員総会)

西松建設の違法献金事件で公設第一秘書が逮捕、起訴された民主党代表の小沢一郎は、当面代表を辞めないで、続投すると24日夜、記者を前に表明した。何故か、涙ながらに。

麻生首相では低支持率で選挙の顔にならないと嘆く自民党関係者は、ホッと一息ついている。民主党の悪印象が長く続けば、続くほど好機だとニンマリだ。こちらの陣営も、ボテボテの機能不全、落城寸前状態なのに。

今まで何度も、小沢代表の身辺では政治資金に関わる醜聞がつきまとってきた。その華々しい履歴は多分、現役の国家議員のなかでは破格だろう。今回は、西松建設からは直接受け取らないで、政治団体(ダミー)を経由して献金を受けた。このように抜け道的に受け取ったことが、政治資金規正法に抵触する、その疑いだ。記者会見で、「私どもとしては、献金をうけた事実はそのまま報告しているし、献金を相手先をそのまま記載するのが政治資金規正法の趣旨だと理解しており。その認識の差が今日の起訴ということになったのだと思う」と述べた。公設秘書は、検察庁の取調べにおいて、政治団体から受け取った資金は西松建設から出ていたことを知っていた、と証言していると聞く。こういうのを今後、「みなし企業献金」と言いましょう。それは、建築基準法では「みなし道路」、道路交通法では「みなし駐車」にならって。

今回の事件で、企業からの献金だったのではないのか、と責められた小沢代表は、それならば、全ての企業や団体からの献金を完全になくせばいいのだ、と息巻いた。これには民主党の誰もが腰を抜かした。党内での議論の積み上げを無視した発言をしてみせる。威圧的に。小沢君、君は何様だ。民主党は、どの党よりも民主的でなければならない筈だ。この男には、節操というものが解っちょらん。キレるのです。民主的手法をほっぽらかして、プッツンするのです。岡田克也氏が代表をしていた当時、民主党は、公共の仕事をしている企業からの献金は受け取らない、とマニフェストに掲げて衆院選を戦ったことを、この党の代表はお忘れなのかな。

そんなゴタゴタを繰り返す民主党にうんざりしていたら、この党を代表する男に対して、歯に衣着せぬ言葉を発したオヤジがいたのだ。公明党の漆原国対委員長だ。このオヤジは22日の講演で、「西松建設」の違法献金事件に絡み、企業・団体からの献金を全面禁止する考えを示した民主党・小沢代表についてーー

「小沢代表には言われたくないと思った。                                        企業団体献金にはどっぷりつかってきた方。                                      都心のど真ん中で、マンションを12戸も買いあさって。                               政治家ですよ、不動産屋じゃない」                                            と痛烈に批判した。

また自分の党のことにはあっち向いてホイの自民党の細田博之幹事長が、これまた面白いことを言ったものだから、これもこのページに再現しよう。(朝日新聞の記事を拝借させてもらった)

「法律に違反しといて『企業献金はやめましょう』と言うのは、強盗に入って『わしが強盗に入ったのは鍵がかかってなかったからだ。鍵をちゃんとかけなさい』という説教強盗に非常に似ている」と指摘。「検察が横暴だとか、この程度のことで何だと言うのは三十何年前の金権政治。今の政治はそうじゃない」と述べた。

このように誰もが、何故自由に言えぬ。見識ある民主党議員殿、小沢親分さん辞めてくれ、と大合唱してはどうですか。この男に助けて貰った議員も、この場は勇気をもって、辞めてくださいと突き放せ。そうしないと明日の民主党はない。小沢抜きの民主党にささやかな望みをもっている私なのです。

数年前、献金で購入した都内のマンションについて、然るべき時期に指摘を受けたマンションを、どこかの団体か組織に寄付するようなことを記者会見で述べていたことを思い出す。この男は、同じことを何度も繰り返すのだ。私の不徳のいたすところで、ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします、なんて言っちゃってた。これって、実行したのかな。この男は何処までも懲りないお方だ。

週刊文春の今週号に、「さらば、小沢一郎」で寄稿した福田和也氏(文芸評論家・慶応大学教授)はその男の蓄財について次のように述べている。側近にカネをバラ撒くわけではないのに、巨額の政治資金を集めて、十億円以上の不動産を購入している。こうした鬼気迫るまでの資産形成は、権力欲の現われにほかなるまい。

上記は私の稚拙な文章です。それを補うかのように、朝日新聞の社説できちんと表現されているので、この社説をゲットさせていただいた。

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20090325

朝日朝刊・社説

西松献金事件

小沢代表は身を引くべきだ

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(民主党常任幹事会)

政治家に不祥事が持ち上がった時、問われるのは法的責任だけではない。重い政治責任を負わなければならない。政権をうかがう大政党の党首となれば、なおさらである。

民主党の小沢代表の公設第一秘書が、西松建設の違法献金事件で起訴された。政治資金規正法違反の起訴事実は、逮捕容疑とほとんど変わらず、あっせん利得や収賄など別の容疑に広がることはとりあえずなかった。

この結果を受け、小沢氏は昨夜、記者会見し、引き続き代表にとどまる考えを表明した。

秘書の逮捕以来、小沢氏は「政治資金規正法の趣旨にのっとって正直に報告した。何ら悪いこはしていない」と検察の捜査に強く反発してきた。秘書も容疑を否認しているという。

そうであるなら、法的には裁判で争い、司法の場で決着をつければいい。秘書が逮捕され、さらに起訴されたからといって「黒」と決めつけるわけには、むろんいかない。

(説明責任を果たさず)

だが、それとは別に、小沢氏には政治家としての重い責任があることを忘れてもらっては困る。

まず、説明責任だ。

検察が西松建設のダミーと認定した政治団体について、小沢氏は正体を知るすべもないと語っていた。献金はどこからもらっても、公開していれば問題ない。そう胸を張ってもきた。

だとしても、なぜ素性も知らない団体からそんなに巨額の献金をもらい続けてきたのか。

秘書の逮捕後、小沢氏側が東北地方を中心に土木・建設業界に強い影響力を持ち、そこから巨額の献金を得ていたことが明らかになった。

業界に便宜を図ったかどうかはともかく、ゼネコンなどと深い、長い付き合いがあるのに、今回のカネの出どころは知らなかったというのは、どうにも不自然だ。

大規模な公共事業の受注を巡ってしのぎを削る業者との付き合いは、どのようなものだったのか、なぜ影響力を期待されるようになったのか。そうした事情をきちんと説明すべきなのに、小沢氏がその責任を果たしたとはとても思えない。

仮に小沢氏の主張が正しく、法的な問題がなかったとしても、だからそのカネを受けとることが政治的にも妥当であったとは言い切れない。たとえ法には触れなくても、政治家として受け取るべきでないカネはあるのだ。

政治資金収支報告書の誤記載であり、形式的な問題といわんばかりの主張にも違和感がある。政治資金規正法は、政治とカネの不祥事が発覚するたびに、渋る政党や政治家の尻を世論がたたくようにして強化されてきた。その違反はけっして軽い犯罪ではない。

政権交代によって日本の政治を変える。官製談合や天下りを根絶し、税金の無駄遣いを徹底的に改革する。それが民主党の政権公約の柱のはずだ。

(変革の党にそぐわぬ)

だが、肝心の党首が「古い自民党」そのままの土建政治にどっぷり漬かる姿が浮き彫りにされてしまった。果たして政権をとれば、本当に政治を変えられるのか。根本的な疑念を呼び起こさずにはおかない。

変革を訴える党の党首として、小沢氏がふさわしいとは思えない。国民の大方が納得できる説明を尽くせないのなら、代表から身を引くべきだ。

情けないのは、この間、小沢氏の政治責任にほとんど触れようとしなかった民主党議員たちの姿だ。

民主党は今日からでも、党の態勢立て直しを真剣に議論すべきだ。民主党が目指す政治はどのようなものなのか。そのためには小沢氏が代表にとどまることが正しいのか。もう一度原点に戻って自らの姿を描き直さなければ、有権者の信頼を取り戻すことはできないだろう。

民主党だけの問題ではない。

朝日新聞が2月~3月中旬に実施した政治・社会意識基本調査の結果は衝撃的だった。9割の人が「政治に不満を持つ」「政治が国民の意思を反映していない」「今の政治は社会の将来像や道すじを示していない」と思っている。

7割が自民党と民主党の政策に大きな違いはないと考えているーーーー。

2大政党がそろって国民の不信を浴びているのだ。日本の政党政治の危機と受け止めるしかない。

麻生首相に改めて言いたい。この危機を克服する第一歩は、一日も早い衆院解散・総選挙で政治に民意のパワーを注ぎ込むことだ。政治のリセットなしに、政治不信は収まらない。

(検察は捜査を尽くせ)

今回の事件では、検察の捜査にも国民は釈然としないものを感じている。

総選挙が近いこの時期に、なぜ最大野党の党首の秘書を逮捕したのか。金額の多寡はあっても、同様にカネをもらった自民党の議員たちはどうなのか。公共事業に絡む権限を握っているのは、与党の方ではないのか。

事件については法廷で明らかにするというのが、検察の立場だ。だが、もう一つ腑に落ちないという国民の疑念を放っておいていいものか。

捜査は日本の政治の行方に重大な影響を及ぼす可能性がある。国民の厳しい視線にさらされるのは当然だ。徹底捜査はもちろんだが、国民も相応の説明を聞きたいに違いない。

2009年3月25日水曜日

ガンジス川で、あなたなら何を祈る?

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20090225に、私はブログで『不可触民って言葉にショック!!』というタイトルで記述した。内容は、狐狸庵こと遠藤周作さんの小説「深い河」を読んで、その物語は私を十分楽しませてくれたが、その本でとりわけ興味をもったのは物語に出てくる、カーストの不可触民と呼ばれる最下層の人たちの日常の生活のことだった。物語からは外れてネット情報から、カースト制度を禁止して差別撤廃をもり込んだインド最初の憲法を草稿したアンベードカルのことも知った。インド初代の法務大臣だ。

小説は1984年のインディラ・ガンジーが暗殺されたときのことなので、今から25年前の物語だけれど、悠久の国インドだから、都心は兎も角都心を離れたところでは、物語の当時の情況とは、さほど変わってないかもしれないなあ、と思っていた。

そうしたら、朝日新聞が下のような記事を掲載してくれたのです。現在のインドのガンジス川周辺の様子が書かれていて、狐狸庵先生の小説「深い河」の作中の内容がリアルに、肉迫してイメージできるようになった。ガンジス川の水は、今までもこれからも、ゆっくりゆったり流れていく。朝日新聞は、頑張ってくれている。

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20090324

朝日朝刊

週刊アジア/インドバラナシ/ガンジス川

万人の願いと希望をたたえ

高野弦

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死の灰が混じった水に身を沈め、人々は何を思うのか。

インド北部のバラナシ。夜明けのガンジス川は祈りの声で満ちていた。薄い布をまとった老若男女。腰までつかり、銅の器に水をくんでは落とす者。ろうそくを手にとり、回り始める者。儀式の形は人の数だけあるようだ。

「何のために祈るのかって? 私の運命を支配するシバ神をたたえるためさ」と、日の出に手を合わせていた若い男。「心にあいたすき間をうめるため」。赤子を亡くしたばかりの女性はそう話した。ここに移り住んで12年になるという74歳の男は「人生は最悪に満ちている。二度と生まれ変わらないために祈るのだ」。数百メートル離れた川沿いの火葬場では、次々と運び込まれる亡きがらが最後の時を待っていた。1メートルほどの高さに組み上げたまきに火がともされると、白い体が少しずつ黒い塊へと姿を変えていく。残った灰は川へと旅立つ。夕暮れ時、炎のそばで初老の女性が何ともいえない叫び声を上げていた。最愛の夫を亡くしたのだろうか。

火葬場は、ドームと呼ばれる最下層のカーストが仕切る。サングラム君(22)は大学2年生。空いた時間に仕事を手伝う。「この仕事は好きじゃない。いつか必ず立派なビジネスマンになってみせる」

万人の願いと悲しみをたたえて、大河は今日も流れていく。

 

《ガイド》

デリーから空路1時間ほどの最寄空港から車で約50分。沐浴(もくよく)、祈りの場所は「ガート」と呼ばれ、ガンジス川の西岸に84箇所が連なる。そのうち2箇所が火葬場、ガートの間はボートに乗って移動することもできる。記者が利用したボートは2人で乗って1時間200ルビー(約380円)だった。

2009年3月23日月曜日

あっ晴れ!松沢知事、受動喫煙防止条例成立

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1年程前から、新聞の神奈川版にちょこちょこ記事になりだした「受動喫煙」の文字が、当初私には余り馴染みがなく、どうしても関心が向かなかった。でも、そのうちに、段々新聞に登場する頻度が増えてきて、知らん振(ぷ)りはもうできなくなってきた。「受動は能動の反対」だよな、ということは受動喫煙とは、喫煙させられているということになる。受動喫煙は間接喫煙のことだ、と日本語大辞典(講談社)。煙草の煙を気がつかないうちに、吸わされていることを防止しよう、という条例らしいぞ、と知ってからの嫌煙大魔王の私は、県議会のこの条例の進捗が異常に気になり出し、推移を見守っていた。

いい条例だ。必ず完璧に仕上げてもらいたい、と言い出しっぺの松沢知事を応援していた。

そして今月18日、神奈川県議会の厚生常任委員会で、「公共的施設における受動喫煙防止条例」案を可決した。24日、県議会で可決した。全面禁止を打ち出して、県は2年前から県議会は昨年4月から、歩調を合わせながら討議、審議をスタートしていた。反対意見が相次ぎ、譲歩に譲歩を重ねながらの修正合意案を、全会一致で可決した。各論が飛び交ったことだろう。時には罵声も発せられたことだろう。意気消沈したり、諦めかかった議員もいただろう。100年に一度の大不況のこのときに、金のかかるようなことをする必要なんかないだろう、と言った議員もいた。反対派は、たばこ業界や中小の飲食店、遊技業界、風営法の対象施設、ホテル・旅館などの宿泊施設の関係者で一斉に反発した。健康や医療、保険に健康増進法を重点的に考える推進派にとっては、後退させられたとか、骨抜きになってしまった、と失望の声があがった。最終的には、妥協もあったろうが、全会一致で可決したのだ。よくぞここまでまとめられたものだ。この条例が成立した意味は大きい。画期的だ。神奈川県の松沢成文知事の「政治生命をかける」とまで意気込んだ、その気概が成果につながったように思う。

可決後、知事は、ニクイことも仰るのです。「県民の健康を守るための一歩を踏み出せた」と。愛煙家、狂(凶)煙家、猛煙家、ヘビースモーカー、チェーンスモーカーの皆さん、松沢知事の優しい心に応えなくっちゃ、アカンぞ。罰(ばち)があたりまっせ。私の愛する友人たちヨ、喫煙を断(た)てなくても、吸う本数を減らしてはいかがですか。

ここで、私の意見(本音)。修正合意案は、私には物足りない。人間が二人以上集まる場では、喫煙は許されないようにしたいものだ。

受動喫煙を防止しようとする条例が、日本で最初に成立したことは、国民、私にとっても、まことに目出度いことだと感謝している。元来、国が率先して取り組むべき課題だった。遅ればせながら、国でも取り組みを進めて欲しいものだ。他の地方自治体でも、討議していただきたい。

 

 

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★可決された修正合意案の内容

①対象施設

・禁煙=学校、病院、官公庁施設、公共交通機関、百貨店、金融機関など。    施設内に喫煙所を設けること。

・禁煙か分煙かを選べる=ホテル・旅館(床面積計700平方メートル超)、飲食店(調理場を除く床面積計100平方メートル超)、カラオケボックス                         

・禁煙か分煙かを努力義務=ホテル・旅館(床面積計700平方メートル以下)、飲食店(調理場を除く床面積計100平方メートル以下)、キャバレー・パチンコ店・マージャン店・カフェなどの風営法対象施設

②罰則適用

・個人は2千円、施設管理者は2万円の過料

・「禁煙」対象施設は施行と同時。「禁煙か分煙」対象施設は施行から1年間延期

③施行日

・2010年4月1日

2009年3月20日金曜日

北朝鮮の非道を思い知る

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去年の年末に、ブックオフとかオンとかいわれている店で、105円の本を15冊買った。その本のなかに、拉致被害者の曽我ひとみさんの夫、元米軍の兵士で非武装地帯を越えて北朝鮮に脱走したチャールズ・R・ジェンキンスさんの手記「告白」(株式会社角川書店発行、訳者・伊藤真)も含まれていた。余り深く考えないで買うものだから、家に持ち帰って、やっとそこで買ってきた本を確かめる、そんな乱暴な買い方をしているのです。だから、時にはとんでもない本が含まれていることもよくあるのです。それにしても、かって1200円もした本が105円で買うことを可能にした流通システムを築き、商売として成り立たせているのは、立派なもんだ。

一度も読まれたことのない、新品本だった。どのような経路で店先に並んだのでしょう。詮索(著作物再販制度)が必要だが、今回はそれには触れない。

この本を読んだのが、1ヶ月半前だ。丁度時期を同じくして、拉致被害者の田口八重子さんの息子さんの耕一郎さんが、金賢姫(キム・ヒョンヒ)元工作員に会いたいと書いて出した手紙に韓国政府の協力もあって、会えることが可能になりそうだ、という新聞報道があったのです。南北の融和を重んじた太陽政策をとっていた前と前の政権では、実現しなかったのですが現在の李明博(イ・ミョンバク)政権は、この対面に協力的だった。

そしてこの対面は、今月11日実現した。田口八重子さんの兄、飯塚繁雄さん(70)と長男、飯塚耕一郎さん(32)が韓国・釜山で、田口さんから日本語を学んだ大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元死刑囚(47)と面会した。金元工作員が公の場に姿を見せるのは97年以来。金元工作員は飯塚耕一郎さんを抱きしめ「お母さんは、生きていますよ」と励ました。また耕一郎さんの手をとり、日本語で「大きくなったね。お母さんに似てますね。早く会いたかった。私たちが会ってるように(田口さんとも)会えますよ」と話しかけた。

ジェンキンスさんの手記「告白」を読んで、北朝鮮の国情の異状な部分が垣間見えて戦(おのの)いた。金元工作員の過去の生活を思うに、北朝鮮という国の闇の深さを憂慮する。

世界のあちこちの国から拉致されて、互いに情報交換しないように隔離され、ただし特権的な生活を享受させて、「組織」の「指導員」、「連絡係」、「運転手」、その他権力側の者たちに見張られながら、北朝鮮の求める対外工作員養成に加担させられていく。そのような生活を強いられていたからだろう、この本のなかには少しも市民の暮らしぶりを表したところがなかった。物資が極度に不足していて、兵隊も役所の人間も、チャンスがあれば直ぐにでも、盗人になるという記述以外は。それほど、実社会とは切り離された生活を強制されていたのでしょう。北朝鮮以外の国に住んでいる者にとっては、知りたいことだらけの国だ。この手記は企画から出版まで急いで作られたのでしょう、残念ながら記述は身辺に限られていて悔しい。ジェンキンスさんには、北朝鮮のことをもっと何かの機会に話したり記述してもらいたいものだ。

ジェンキンスさんやその他の拉致された人たちに朝鮮労働党の「正しいイデオロギー」を理解させ、その後北朝鮮の求める完全な工作員に仕立てあげなければならない。しかし、よその国で育った成人をこの国の工作員まで育て上げるのは困難だ。が、その子供たちはどうかというと、赤子の頃から、徹底した「金正日主義」に洗脳させられたら、これはかなり危険なことになり得る。不満を抱かないように、男には女房を女には夫をあてがう。わずかな俸給とともに。独身男性の住まいには、「食事係」と称して女性を送り込む。

この本を読んで、なるほどなと感じたことがあった。それは、北朝鮮の工作活動を外国で北朝鮮の人間がやると、面貌や服装、言葉遣いなどで、それは見抜かれ(バレ)やすい。ところが、例えばオランダの国でオランダ人が行う北朝鮮工作なら、それは見抜かれ難い。そのために、拉致は多国にわたって行われた。金元工作員も、李恩恵(りうね)と名乗っていた田口八重子さんから日本語や日本の習慣を教えてもらい、北朝鮮人ではなく日本人・「蜂谷真由美」になりすましていた。

ジェンキンスさんの長女は自分の希望ではなく、「組織」に外国語大学に入学させられた。父は農業大学を薦めていた。この外国語大学はレベルが高く、エリートが集まっていた。ところが、この名門大学は学生なのか教師なのか職員なのか、盗人の巣窟でもあったのです。私物から学校の公用物まで、ドンドン盗まれていくのです。金賢姫が、工作員としての一歩を踏み出したのも、この大学だ。インドネシアで待つ母の許に行く段になって、日本へ戻れば父は生涯米軍の豚箱から出してもらえないとか、組織から寄せられる少ない情報のなかで、父と娘二人は、自分らは今後のことをどう判断したらいいのか苦しんだ。妹のブリンダは迷うことなく日本行きを主張した。姉美花は最後まで、在学中であること、北朝鮮の友達のこと、日本行きは母国を裏切ることにはなるまいか、と悩んだ。このことからしても、姉美花にはもう既に外国語大学での教育の成果が出ていたのかもしれない。

あらゆる情報が完全にシャットアウトされた特殊な国だ。ジェンキンスさんは、隠れてボイス・オブ・アメリカを聞いていたから、北朝鮮のなかでは、比較的情報通だったのだろう。アメリカ人なので、洋画の訳や、書物の翻訳もさせられたらしい。その仕事では、母国の文字や映像に触れ、ささやかな楽しみとともに望郷の想いに耽っていたのだろう。

☆大韓機爆破事件

北朝鮮の工作員で「蜂谷真由美」名の偽造旅券を持った金賢姫元死刑囚は87年11月、別の工作員の男とバグダッド発ソウル行き大韓航空機に乗って爆弾を仕掛けた。経由地で降りた後に爆発、115人が死亡した。男は服毒自殺した。金元死刑囚は90年3月に韓国最高裁で死刑が確定したが、韓国政府が同年4月に特赦。金元死刑囚は工作員としての日本人化教育のため、平壌の招待所で「李恩恵(りうね)」と名乗っていた田口さんと一緒に過ごした

★拉致被害者・田口八重子さんと、田口さんの子供・飯塚耕一郎さんと、兄の飯塚繁雄さんが金賢姫元死刑囚(元北朝鮮工作員)がソウルで対面した。その少し前にジェンキンス氏の「告白」を読んだ。そして、下記の朝日新聞の社説だった。社説を転載させていただいた

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20090312

朝日・社説

拉致と爆破テロ

北朝鮮の非道を思い知る

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息をのむ思いの対面だったに違いない。それは涙で始まった。

「抱いてもいいですか」。金賢姫元工作員(47)は日本語でそう話しかけ、田口八重子さんの長男、耕一郎(32)を抱き寄せた。

金工作員は30年近く前、拉致被害者の田口さんから北朝鮮で日本語と日本の習慣を教えられた。

拉致された時、1歳だった耕一郎さんは母の記憶はない。面談で驚くような新事実はなかったかもしれない。ただ、見知らぬ母親像のすき間をいくらかでも埋めることはできたろう。

会えてよかった。これからも折に触れ、こういう機会があってほしい。

金元工作員は「田口さんは生きている。希望をもって」と励ましたが、自ら犯行に加わった87年の大韓航空爆破事件の後は、韓国で暮らしている。田口さんがその後どうなったのか、事情は知らないに違いない。

日本政府は17人の拉致被害を認定している。日本に戻れた5人のほかの被害者について、今回、新たな消息はつかめなかったと見られる。

飛行中に爆破され、ビルマ沖に消えた大韓機には115人が乗っていた。その犠牲者の家族と金元工作員との本格的な面談はいまだできず、家族らの思いは満たされるままだ。

そして金元工作員本人も、悲劇に巻き込まれたひとりでもある。恵まれた家族の出身だが、学生時代に工作員にさせられた。事件で死刑が確定後、特赦を受けて韓国内にひっそりと暮らす。両親と妹弟の消息はわからない。

拉致も爆破テロも、朝鮮半島の南北分断と、激しい対立のなかで起きた。北朝鮮という特異な独裁国家が手を染めた、犯罪のむごさを思う。

北朝鮮に融和姿勢をとった韓国の前政権のころは、金元工作員の存在を目立たせたくなかったのだろう、今度のような面談はできなかった。それが実現したのは、今の李明博政権が北朝鮮政策を見直したためだ。

韓国も多くの拉致被害者を抱える。これを機に拉致問題の解決に向けて、日韓の連携をさらに探りたい。

「北朝鮮のプライドを守ってやりながら、心を動かせる方法を考える必要があるのではないか」。金元工作員は面談後の会見でそう語った。

北朝鮮は核放棄の交渉を空転させ、今は人工衛星の打ち上げと言ってミサイル開発を強行しようとしている。

過去のおぞましい犯罪や現在の行動を許すわけにはいかない。ただ、圧力一辺倒で打開できないこともまた現実である。変わらぬ怒りと悲しみを抱きつつ、対話と圧力を組み合わせて北朝鮮を動かす環境をつくっていく。それしか道はないのではないか。

2009年3月13日金曜日

「女子柔道の母」と呼ばれる、ラスティ・カノコギさん

日本の女子柔道界は、初期の頃山口 香さんが女(姿)三四郎として頭角を現し、その冠はヤワラちゃんこと谷 亮子(旧姓・田村)さんに引き継がれ、それからは百花繚乱、多士済々、優秀な選手が次から次と現われて、現在はどの階級にも選手は充実している。観る者を楽しませてくれている。ところが、現在は世界大会にしてもオリンピックにしても、当たり前のように男女同じように行われているのですが、かってはそうではなかったのです。

女子柔道を今日のように、国際大会として男女同じ形式で同じルールで開催できるように、関係者を説伏する運動を始めたのは、一人のアメリカ人だった。その頑張りがあったことを、今回の新聞記事は紹介していた。彼女は大好きになった柔道を国際級の大会として開催されてもいいのでは、と思い出した。そして、第1回目の世界大会を、自らの費用で開催した。彼女の並々ならぬ気概だ。柔道の草創は明治時代、創始者の嘉納治五郎さんには、女子柔道の発展までには気が行き届かなかったようだ。柔道の本家本元の日本こそ、彼女の起した運動に感謝しなければならない。柔道を愛する者は当然、スポーツを愛する者は彼女の存在を肝に銘じよう。

嘉納治五郎は、1882年(明治15年)講道館柔道を創始した。「柔道の父」と言われている。正式な名称は、日本伝講道館柔道と言うらしいが、外国人にはこのフルネームに馴染みがないだろう。海外では、JUDOだ。1964年の東京オリンピックで初めて正式種目に採用された。それからの、海外での普及振りには目を瞠るものがある。欧州、ロシア、ブラジルでは多くの優秀な競技者が続々と輩出した。特にフランスでは、柔道は礼儀を重んじることから、子供の教育に熱心な親の感心が高く、多くの柔道教室が開かれている。登録競技者が50万人に達した。日本のそれは20万人ですから、フランスにおける人気の程が想像できます。また国際柔道連盟の本部は、本家日本ではなくて韓国ソウルにある。このことからも、元々日本から生まれた競技だが、今や全く国際的になって、勝負においても本家といえども、甘くはない。苦戦を強いられているのが現状だ。JUDOは、ルール改正をドンドンやってくる。柔道着のカラー化、今はランキング制の導入だ。

下の記事は、この嘉納治五郎が「柔道の父」なら、「女子柔道の母」はラスティ・カノコギさんだ、という内容です。

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20090214

朝日朝刊

文・写真  村上尚史

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米国人女性で最高の7段を持つ。「柔道は人生の教科書。他人を尊敬し、自ら磨くことで成長できた。一生『柔道家』でいたい」。この人なしに、女子柔道の隆盛も、ヤワラちゃんの五輪メダルもなかった。

ニューヨーク出身、10代の頃は不良少女だった。家庭は貧しく、やり場のない不満と怒りを路上で殴り合うことで発散した。19歳で柔道に出会う。小よく大を制する場面が「魔法のようだった」。夢中になった。

1950年代、柔道は女子の試合を認めていなかった。髪を短く刈り上げ男装して畳に立った。59年、州大会の団体戦で優勝した。だが女性だとわかると、1人だけメダルを剥奪された。「屈辱だった。これからの人にこんな思いをさせたくない」

柔道界に女性への門戸開放を求めて立ち上がる。ニューヨークで自力で開いた80年の第一回世界女子柔道選手権は、家を抵当に入れ、手製のTシャツを売って資金を集めた。国際オリンピック委員会相手に論争を挑み、92年のバルセロナ五輪での女子柔道の正式種目採用を実現した。

長年の功績が認められ昨秋、旭日小綬章を受賞した、60年代半ば、米国に来ていた鹿子木という姓の日本人柔道指導者と結婚している。

07年秋、骨髄腫で余命3年と宣告された。それでも柔道について語るとき、力強い笑顔を失わない。「米国に日本女子のトップコーチを招いて教室を開くのが夢。たとえ私が死んでも後に続く人に道を残したい」

2009年3月2日月曜日

そうなんだ、経済は回復するんダ!!

世界同時不況は、ますます深みに陥っているように思われる。

朝日新聞の昨夜(26日)の夕刊と今朝(27日)の朝刊の記事だけでも、これだけたくさん、大ごとな記事が載っていた。最近の株式の市況からも、まだまだ経済が悪化の一途をたどっていくのでは、と思われる動きだ。

その両日の新聞記事の一部を拾い書きした。

・あの米金融大手のシティグループの普通株式36%を政府が保有することになって、シティは事実上の米政府の「公的管理」下に入った。

・ソニーの中鉢社長が退任して、ストリンガー会長兼CEO=最高経営責任者が社長も兼ね、全ての経営を主導する。09年3月には過去最大の2600億円の営業赤字が見込まれ、1万6000人の人員削減に迫られている。

・厚生労働省が発表した1月の有効求人倍率は、大幅な落ち込みで92年以来の0,67倍。昨年の10月から今年3月までに職を失った非正社員の数が10万7806人、正社員は約1万人になる。

・公的年金の積立金の市場運用で、昨年10~12月で5兆7398億円の損失が生じた、と年金積立金管理運用独立行政法人が発表した。

どの記事の内容も深刻だ。よその国のこと、よその会社のことだ、とは思えない。我社でも、規模縮小に伴うリストラを断行した。長く在籍して社業に貢献してくれた人、40年の付き合いのスタッフもいた。辞めてもっらたことには断腸の思いだった。経営者としての責任を痛感している。できるものなら、できるだけ早く再雇用をしたい、と思っている。

そんな暗い気分で新聞を読んでいたら、ちょっとだけ元気の出てくる記事に出くわしたのだ。そうだ!!、そらそうだ、経済は必ず回復するんだ、と文章では理解はできても、ド頭(たま)ではまだまだ納得できないのですが、ここは冷静にこの記事を読んで、今日も、元気に頑張ろうではありませんか。

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20090228

朝日朝刊

回復への備え

経済・経済気象台

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日本の主力産業である自動車や家電、電子部品に関連する企業の生産ラインは、現在、おしなべて50%程度の低い稼働率にとどまっている。米国の金融危機は世界各地に飛び火し、同時不況へと突入。時がたつにつれて悪化している。消費の減退は工場の稼働率低下を招き、設備投資の意欲をなえさせる。企業活動は、守りの姿勢になった。

だんだんと深まる不況感は、市場における急速な在庫整理と、生産現場における人員整理の結果だ。しかし、在庫整理を中心とした生産調整も、3~4月で底をうち、やがて緩やかに回復へ向かうはずだ。稼働率は最盛期の80%程度といったところだろうが、世界同時不況といえども必ず回復する。

なぜなら、衣食住や家電、自動車には買換え需要というものがあるからだ。さらに米国や中国のような国々は、今後も人口増や経済成長に伴って市場が拡大する。世界の潜在的な需要を背景に、景気は回復するだろう。そして、回復と同時に厳しい企業間競争が幕を開ける。新しい技術やビジネスモデルを競い合う。

目先の不況に目を奪われ、じっと景気回復を待っているだけでは、不況の沼からの脱出は難しい。世界中の企業が同時に不況の沼に沈んだが、抜け出すときまで一緒とは限らない。

オバマ米大統領はグリーン・ニューディール政策を掲げた。省エネ、省資源、地球環境の改善。この三つは、景気回復期に企業を復活させる推進エンジンのキーワードだ。不況は現在進行形だが、いまは次に備える大切な時期。それなのに、日本の政治はどうか。不況対策は絵に描いた餅。失った10年を繰り返すつもりなのか。