2010年のW杯南ア大会は、スペインがオランダに延長戦の末勝った。この記念すべき勝負を、ここは、マイファイルに徹した。下の文章は、20100713の朝日朝刊の新聞から全てを転載させていただいた。写真も新聞のものを拝借した。
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無敵艦隊 華麗なる覇者
縦横無尽パスは踊る
スペインが通したパスは542本で、オランダは294本。決勝でも圧倒し、パスサッカーの真骨頂を見せた。
パスを通すには相手やコースがなければいけない。両チームの選手で動いた距離が14キロを超えたのは、スペインの中盤の要、シャビ、イニエスタの2人だけ。パスを出しては動いている。
2人をはじめ、スペイン代表には、バルセロナ所属の選手が7人おり、オランダ戦は6人が先発した。スペイン代表のサッカーはバルセロナのやり方で機能している、とされるゆえんだ。バルセロナのあるカタルーニャ州サッカー連盟技術部長のジョアン・ビライボスクさんも「いまの代表はバルサを見るようだ」と言う。
その神髄は攻守の動きにある。バルサで18年間ユース指導に携わったビライボスクさんはスポンジに例える「ボールを奪われた時はスポンジが縮むようにボールに向かって集まり、ボールを運ぶ時は広がる」。守る時には相手のパスコースを限定し、運ぶ時は自分たちの選択肢を多くするという発想の上での動きだ。「守る時には前に出る」という動きも含めて、普通は逆を考えるものだが発想をあえて逆転させている。
これらの考え方は選手、監督としてバルサを率いた元オランダ代表主将クライフがもたらしたという。それが決勝でオランダを倒す原動力になるとは歴史の皮肉だ。
オランダ発バルセロナ経由がスペイン全土に歓喜をもたらした。フランコ独裁時代に深まった地域対立を念頭に、デルボスケ監督は「スポーツは多くのものをもたらす。我々が地域の関係にも良い影響を及ぼすことができればうれしい」と連帯感が強くなることを期待した。バルサの宿敵レアル・マドリードで成功した監督の言葉だから重みがある。
オランダの荒っぽいプレーにパス回しで向かい続けたデルボスケ監督「優勝は美しいサッカーへのご褒美だ」。アパルトヘイト後の人種融和、国家建設もテーマだった今W杯。ピッチの内も外も進歩に意欲的なスペインが初優勝を飾るにふさわしい場所だった。
イニエスタ=「言葉にならない。W杯で優勝できるなんて、本当に驚きだ。まだ信じられないよ。しかもその大切なゴールを決められるなんて、ただただ幸せだ。早く家に帰って喜びたい」
カシリャス救世主の手(中川文如)
危機にも表情を変えない。GKの落ち着き払った振る舞いが、どんなにチームを安心させることか。スペインのカシリャスは知っていた。
後半17分。オランダのロッベンがフリーでゴール前に突進してきた。間合いを詰められた。ぎりぎりまで見極めた。左に跳ぶ。逆をとられた。あきらめない。右足でシュートに触れ、はじき出した。プジョルがシャビアロンソが駆け寄って握手を求めてきた。笑顔は見せない。
38分、再びロッベン。プジョルが競り負け、また1対1になった。今度は思い切って前に出た。シュートを打たれる前に、体全体で包み込むように球を押さえた。
「彼がチームを最悪の結果から救った」とデルボスケ監督。2度の決定機を防いで勝利を引き寄せた。試合が終わり、ほとんどの選手がカシリャスに抱きついた。主将は表情を崩した。顔を覆った。「スペインのサッカー界ににとって歴史的な瞬間だ」
W杯で悔恨の記憶を重ねてきた。21歳で初出場した2002年日韓大会。準々決勝で韓国にPK戦負けを喫した。5人のPKを1本も止められず「運が悪かった」と立ち尽くした。06年ドイツ大会は決勝トーナメント1回戦でフランスに完敗。08年欧州選手権を制し、迎えた南アフリカ大会。「欧州選手権の優勝は、もちろん素晴らしい。でも、それより大事なのがW杯」。決勝トーナメントは無失点だった。
表彰式。主将はトロフィーを手渡され、キスをして、夜空に掲げた。「僕らがどれほどの偉業を成し遂げたのか。まだ実感できない」。再び、顔を覆った。涙は止めようがなかった。
オランダ 勇敢なる敗者(編集委員・忠鉢信一)
耐えた守備、最後に決壊
勝つためには守備が重要だとわかっていた。しかしオランダの弱点はその守備だった。
欧州予選から無配を続けた今大会のオランダは「勝利」にこだわり、守備の意識を高めた。選手暦は地味だが理論と実践で現在の地位についてファンマルウェイク監督が「美しい攻撃サッカーを追って尊大になれば負ける」と選手達に教えた。
意識改革の土台は欧州選手権で苦戦した2007~08年ににあったと言われる。選手が話し合い、伝統の4・3・3を守備強化に微調整した現在の4・5・1に変えた。
勝利を優先する考え方は育成にまで浸透しつつあると聞く。だが、成果がでるのは次の世代か。
オランダは大会直前の親善試合3試合でも毎試合失点していた。今大会も1次リーグ第2戦の日本戦を無失点で切り抜けた後、第3戦のカメルーン戦以後、決勝まで4試合連続で失点。センターバックの弱さが難題で、それをカバーしていたのが、能力の高い守備的MF、デヨングとファンボメルの2人だった。
振り切られた相手を反則で止めたセンターバックのハイティンハが退場になり、ファンボメルがセンターバックに入っていた延長後半、右から攻められたとき、ゴール前にいたイニエスタをマークする選手はいなかった。
ファンボメルを含め、DFたちは球に気を取られていた。なんとか食らいついたのが攻撃力が持ち味で途中出場したMFファンデルファールト。「10人になったがもう少しでPK戦に持ち込めた。最高のチームが勝ったと思うが、W杯決勝での敗戦を受け入れるのは難しい」とファンマルウェイク監督。世界一との差を分けた最後のピンチは、防げなかった。
オシム(前日本代表監督)の目
攻め抜いた優勝 喜ばしい
美しく華麗なサッカーだったとは言えない内容だったが、一つの勝負のあり方としては、見るべきところの多い決勝戦だった。スペインは今まで通り、パスサッカーをやろうとした。一方のオランダは「ゲームを壊す」というやり方で主導権を握ろうとした。あえて戦術的ファウルを繰り返しボールを持っている選手をつぶすことでスペインのゲームのリズムを寸断しようと試みた。
オランダは、スペインを初戦で破ったスイスのように、極端に守備的な戦術をしようと思えばできたはずだが、そうしなかった。また、互角に正面から対決するやり方では準決勝のドイツのように、スペインンのパス回しに圧倒される可能性があると考えたのか、それもやらなかった。「ゲームを壊す」ことで乱戦に持ち込む手法は、美しくないし、本来のオランダらしくもないが、現実的なアプローチだ。オランダの見事な点は、さまざまな戦術的選択肢を持っており、どれもうまく実行できる能力の高さだ。
前半はオランダに好機が訪れた。オランダが壊した試合を自分で拾い上げ、ポケットに入れてワールドカップとともに持ち帰るのか、という予感も頭をよぎった。それほど、オランダの戦術は途中まではうまくいっていた。スペインの清らかな泉を、オランダがかき混ぜて泥水にした。あるいは甘いデザートに、ワサビを大量にかけようとしたと表現すべきか。ただ、それは90分は機能したが、120分は続かなかった。
もしも相手が今大会のブラジルやアルゼンチンだったらこの戦術は成功し、優勝していたかもしれない。しかし、スペインは自分たちのリズムを寸断され、壊されながらも、我慢強くプレーし、集中力を切らさなかった。
スペインの攻撃は相変わらず、自己本位なドリブルやシュートが目立った。チームとして機能しない個人技は、ただのエゴイズムでしかない。意外に響くかもしれないが、スペイン優勝の一番の要因を挙げるとすれば、守備が安定していたことだ。本来は攻撃的なスタイルだが、今大会は2失点。センターバックを務めるピケとプジョルのバルセロナコンビが磐石だった。GKカシリャスは経験があり決勝終了前に涙していた最後の数分間を除き、冷静だった。
スペインは、大会前にイメージしていたスタイルから言えば物足りなかった。あまり大声では言いたくないけれども、それでも「優勝おめでとう」と申し上げる。今大会は守備的サッカーの流行を心配していたが、スペインが優勝したことは、向こう数年間の世界のサッカーにとって、喜ばしい結果になったと思う。W杯は良くも悪くも、世界のトレンドを示す博覧会、見本市の役割があるからだ。
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