ふつうの高校生たちの快挙
2007 8月23日 朝日朝刊 社説
息をのむような決勝のドラマは、8回に用意されていた。そこでつかんだ満塁のチャンス。押し出しの四球で1点を返すと、三番・副島浩史三塁手の打球は左翼席中段まで伸びた。全国高校野球選手権大会で、参加4081校の頂点には佐賀北が立った。公立高校が深紅の優勝旗を手にしたのは、96年の松山商以来になる。
超高校級と呼ばれるような選手はいない。地元佐賀の中学校から集まった選手ばかりだ。野球特待生の制度は設けてはいないという。学校側から出る部費も年60万円程度で、バットや球を買えばすぐ終わってしまう。そんなごく普通の高校生による快進撃が新鮮だった。7回までわずか1安打、10三振と抑え込まれ、スコアーは0-4.そのまま負けても不思議のない内容だった。8回は唯一のチャンスだったといっていい。
逆転満塁打は見事だったが、佐賀北の力を感じさせたのはむしろ守りだ。2回以降、毎回ピンチに立ちながら、チームの意志がブレることはなかった。どんな猛烈な打球も体に当て、後ろにそらさない。先を読んだプレーで余分な進塁を防ぐ。頭と体をフル回転させた守りが試合の決壊を防ぎ、土壇場での逆転を引き出すエネルギーになった。
チームの特徴は「ベンチ入りメンバー投票制度」だという。大会でユニホームを着る選手を、部員全員で推薦しあう。野球の技術だけでなく、ベンチワークや気配り、生活態度といったものまでが評価の対象になるそうだ。
テレビゲームや少子化のため人間関係をつくるのが苦手な子供が増えた現代では、組織を育てる一つの方法だろう。信頼と和を積み上げる努力の跡が、チームの総合力にうかがえた。敗れた光陵もいい野球を見せた。試合が劇的だったのも、このチームの攻撃と守りが素晴らしかったからだ。
とくにエースの野村祐輔投手は、狙い球を絞る余裕も与えずにストライクを投げ込み、追い込んでいった。魔が差したような8回以外、そのテンポの速さと攻撃的な配球が圧巻だった。そしてこのチームも、野村投手を含め突出した選手というのはいなかった。
高校野球の選手を取り巻く環境は、一般の社会と同じように一様ではない。極端な格差は是正していきたいが、完全な平等は難しい。専用球場や寮をもつような高校もあれば、狭いグラウンドを他の部活動と共用し、用具を買うのもままならないところもある。
しかし、格差を嘆くよりも、その差を埋める術はまだいくつもある。そんなことを考えさせた大会だった。球場に入り、いったんプレーボールがかかれば、私立も公立も伝統校も無名校もない。どのチームにも勝者になる可能性は与えられている。
日本中で最高気温が更新された暑い夏の終わりは、次の夏への始まりだ。
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